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福田 康夫

受賞に値する功績

 第4回アジアコスモポリタン賞の大賞は福田康夫氏に授与される。福田氏は、父福田赳夫首相の秘書として政治の世界に身を投じ、53歳で1990年の第39回衆議院議員選挙に立候補、初当選を果たした。その後、外務政務次官、自由民主党外交部会長など外交関係のポストを歴任し、森喜朗、小泉純一郎政権で内閣官房長官として内外政に大きな役割を果たした。
 2007年9月、福田氏は第91代内閣総理大臣に就任し、在任中にG8北海道洞爺湖サミットや、第4回アフリカ開発会議(TICAD)などの多国間首脳級会議を主催し、気候変動に対する取り組みの強化、金融市場の安定化や原油価格高騰への国際的な対応、経済発展や開発といった喫緊の課題に対して、日本が主導的に取り組むことを表明した。また2008年5月の国際交流会議「アジアの未来」において福田氏は、アジアが世界史の主役へ躍り出たとし、「日本社会が開かれた多様性に生きることを原点とし」、「多様なアジア・太平洋、多様な世界に自らを開いていく」中においてアジア・太平洋諸国の友人とともに無限の可能性を求めていくと表明した。これは、父福田赳夫首相が打ち出した「福田ドクトリン」(1.日本は軍事大国とならず世界の平和と繁栄に貢献する。2.東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と心と心の触れあう信頼関係を構築する。3.日本とASEANは対等なパートナーであり、日本はASEAN諸国の平和と繁栄に寄与する。)の思想を継承発展させた日本外交の指針を示すものであった。
 このように福田氏はアジア外交を重要視し、首相時代に日中、日韓、そして東南アジア関係を日本外交の最重要課題として取り組んだ。中でも東南アジア諸国連合(ASEAN)による、経済統合と域内格差是正、そして普遍的価値に立脚したASEAN憲章の整備という取り組みを高く評価し、将来の「ASEAN共同体」成立に対する日本の協力として、日本政府ASEAN代表部やASEAN担当大使を新設すると表明した。福田氏のそうした強い思いと貢献によって2011年5月26日、インドネシアのジャカルタに東南アジア諸国連合(ASEAN)日本政府代表部が開設され、日本とASEANとの「こころとこころの関係」の新たな1ページが刻まれた。また福田氏はASEANの経済統合を一層推進するための国際機関として東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の必要性を理解し、同機関の設立が合意された2007年11月の第3回東アジアサミットに出席してその設立に対して多大なる尽力を行った。
 総理大臣退任後から議員引退後の今日に至るまで、福田氏はボアオ・アジア・フォーラム諮問委員会主席、アジア人口・開発協会理事長、日本インドネシア協会会長等を務め、精力的にアジアの相互理解と発展のために活動している。福田氏がアジア太平洋交流の発展においてなし遂げた貢献は多大であり、日本の国益のみならず、アジアおよび世界の平和と繁栄を視野に収めた、真の国際的政治家である。アジアの繁栄と統合に向けて現在も活躍されている福田氏の功績は、第4回アジアコスモポリタン賞の大賞受賞者としてふさわしいものと言える。

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リチャード E.ボールドウィン

受賞に値する功績

 ボールドウィン教授は、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン(ニューヨーク市立大学教授)を指導教授としてもち、国際貿易、空間経済学、経済地理学といった経済学の分野において優れた業績を積み重ねてきた。それまでの国際貿易論では、リカードの比較優位モデル、ヘクシャー・オリーン・モデル等の伝統的理論に基づいた分析が多かったが、ボールドウィン教授は、クルーグマン、藤田昌久(京都大学名誉教授、2017年第3回同賞受賞)らと共同で、いわゆる「新」貿易論(産業内貿易を説明)、さらには「新々」貿易論(企業の海外現地生産を説明)を発展させる画期的研究を行い、現代経済学の新たな潮流となっている空間経済学や経済地理学のパイオニアとも言える存在である。
 また、ボールドウィン教授の関心は経済学の理論的側面だけにとどまらず、経済統合、世界貿易機関(WTO)、自由貿易協定(FTA)、地域間協力のあり方など、実際的な国際関係の分野においても精力的研究を行い、世界の政策担当者にも大きな影響力を及ぼしてきた。最近では、グローバリズムや保護主義、Brexit等の問題について、一般向けの論稿も精力的に発表しており、国際経済の理論と現実の架け橋となる研究と情報発信を行える世界でも数少ない研究者である。他方で、若くしてブッシュ(父)政権の大統領経済諮問委員会(CEA)シニア・エコノミストに就任し、GATTウルグアイ・ラウンド交渉や日米通商交渉でも活躍したという輝かしい経歴も持っている。
 特にASEANおよび東アジアにおいては、1990年頃を境に機械産業を中心とする国際的生産ネットワークが世界に先駆けて発達してきたが、それをボールドウィン教授はICT革命による産業単位の国際分業(第1のアンバンドリング)から生産工程・タスク単位の国際分業(第2のアンバンドリング)への移行と位置付け、ASEANにおける連結性の概念形成に理論的基礎を与えた。ボールドウィン教授の研究成果は、産業とインフラの連結性の重要性を主張したERIAの『アジア総合開発計画』(CADP)の思想的基礎を成しており、これはさらにはASEANの公式文書である一連の『ASEAN連結性マスタープラン』にも反映されている。このような意味において、ボールドウィン教授がASEANの連結性強化、またそれによる経済発展と発展格差縮小に果たした役割は極めて大きいと言わねばならない。
 加えて、近作『世界経済大いなる収斂―ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』では、さらなるコミュニケーション技術の進歩により対面でのコミュニケーション費用が削減されて、人単位の国際分業(第3のアンバンドリング)が発生する新次元のグローバリゼーションが勃興しつつある状況を示し、世界中の関係者に衝撃を与えた。彼が描く未来像では、いわゆる「バーチャルな移住性」が実現し、発展途上国にいる労働者が先進国の中で労働サービスを提供する「テレロボティックス」、エンジニアや弁護士等の頭脳労働者が遠隔で頭脳労働サービスを提供する「テレプレゼンス」が発達するとしている。ASEANを含む発展途上国においても、デジタル技術による新たな連結性強化の時代が到来することを予感させる。
 このようなボールドウィン教授の世界経済観は、今後進むべき産業・貿易政策や経済統合についての展望をも示すものとして、アジアの政府関係者にも大きな影響を及ぼしている。したがって、これまでのアジアを含む世界経済への貢献と今後の一層の活躍を期待し、今回のアジアコスモポリタン賞経済・社会科学賞はリチャード・ボールドウィン教授に授与される。

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チームラボ

受賞に値する功績

 世界は多様であり、多様な言語の下に、多様な文化を形成し、多様な芸術を形成してきた。
その多様な言語、文化によるアプローチにも関わらず、人類は人類に共通するいわば芸術言語ともいうべきものによって、人間存在の根源にふれ、優れた芸術に共通してもたらされてきた「感動」を体験してきたと言える。その感動の芸術言語として、映像、絵画などの2次元的表現だけでなく、彫刻、建築等3次元で表現するあらゆる努力が行われてきた。しかしながらその表現の方法についてはあらゆる試行錯誤にもかかわらず、20世紀までの表現技術による桎梏が立ちはだかってきたと言える。あまりにも多くの制約の元で、すべての芸術家はある種の禁じ手を持たざるを得ず、その制約の中に逆に無限の可能性を求めてきたといえよう。
 21世紀の新しい技術が提示して来たものは、自己実現の可能性を飛躍的に拡大し、双方向で、連結し、自由に、一人の天才のなせる技だけではなく、多くの天才が統合しながら創造することを可能ならしめる場を創りだし、そこにおいて芸術的祈りのような思いが、より多くの人のこころに届き、そこに灯をともし、さらに連結し、参加し、統合する「竟鳴」と言うことを可能にした。チームラボは様々な分野の才能を集め、その才能を共振させることにより、芸術の直面してきた技術的桎梏を解放し、「デジタルアート」という場を創りだした。しかも禅の世界がもたらした造物主の遍照性(inclusiveness)を示す「草木国土悉皆成仏」の思いなどをともにし、日本において俳諧連歌などが行ってきた「集団的創造」という芸術のあり方を新しいテクノロジーにより現代に蘇らせ、世界にその具体的ヴィジョンを提示した。自らをアートコレクティブと称しアートにおける作品と鑑賞者との境界をなくす(ボーダレス)という新しい美のあり方に挑戦し、斬新な発想とデジタルを中心としたテクノロジーを操る圧倒的な技術力で独創的なデジタルアート作品を生み出している。作品が自ら動き、触れれば時に生きているかのような反応を示したり、また鑑賞者が作品の中を動くことによって作品の一部になれる、といったアートにおいて、これまで人類が殆ど体験したことのない異次元の展開がそこにはある。光や音、センシングやネットワーク、プロジェクションマッピングなど現代のデジタルテクノロジーをフルに駆使することで、それを見る者に大きな没入感を与え、人間と自然、人間と世界との新しい関係を模索している。製品の機能的品質は差別化の大きな要素とはならなくなる未来において真の価値は、人間のこころの奥底に届き得るかが問われることになる。
 チームラボの試みは、人類に共通の感動をもたらすと抽象的に考えられてきたアートに対して、技術をベースに創り上げた一つの具体的な提案を、発信している。「多くの産業、もしくは企業は、生み出す製品やサービス、そして存在自体が、“人がアート的だと感じるようなもの”でないと生き残れない社会になっていく」状況において、その具体的活動が世界で高く評価されているチームラボは、新しい社会に積極的に貢献するイノーベ―ションのコアたらんとするものであり、まさに現代のアジアコスモポリタンと言えよう。今後の大いなる発展性とその創作活動の領域拡大とに期待し、アジアコスモポリタン賞 文化賞をチームラボに授与する。

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ノグチ ミエコ

受賞に値する功績

 ノグチ氏はガラス工芸を選択する感性の独自性に加えて 、身体的総合力が求められる世界において、女性の持つ生命の根源的エネルギーとも言うべきものを基礎に、ミクロコスモスとマクロコスモスとの融合に成功した。 自己の内面に宇宙を見出すその思想は、宇宙を構成する基本要素である五大(地水火風空)には響きがあるとした空海の世界観に通じるものである。ガラスの球体の中に宇宙 の全体性を具現化するとともに、自己の内面を具象化することにより、自然の中に移ろいやすさを見出すアジア的無常観を、華麗な曼荼羅の世界とも言うべきものに昇華させている。
 2018年、日本ASEAN友好協力45周年記念作品の制作を依頼され、ノグチ氏の作品が日本代表作品としてインドネシア、ジャカルタのASEANギャラリーに収蔵されている。本作品は地球から銀河系に至るまでを包含する世界観を、命と自然という観点で表現しており、見る者に「宇宙」の根源を問いかけている。ガラスという存在はその透明性が神秘的である。光はガラスを自在に通り抜け、捻じ曲がりながらも見る者の視線を捉えつつ、宇宙空間に無数の星を誕生させたビッグバンを連想させていく。ガラスによって、本来透明な空気や水、空間が可視化されるところにこそ、ガラス芸術の価値があり、ノグチ氏のアートが一貫して追求してきたのは、この空間のオブジェ化である。その独創的、革新的な作風と女性らしい繊細な感性をダイナミックに昇華させ表現する様は、国境や性別を越えて支持されており、国内外において個展を多数開催し、TOYOTAやシルクドソレイユ等国際的団体の記念作品をはじめ、インドネシアFAIRMONT JAKARTAのガラスアート回廊などを制作している。
 また、ノグチ氏は2004年以来、ASEANの障がい児教育にも自身の生涯をささげており、インドネシア、ボゴール市にある自閉症の施設INDRIYA(インドリア)と提携し慈善活動を続けている。施設の子供たちと共にガラスの端材を使用して創り、制作した作品を展示会にて販売し、それが売られると言うことにより彼らに自信を与え、施設の活動を支援している。2018年で第10回目を数える。毎年継続的な支援を自ら実施する彼女の姿勢は、ASEAN社会・文化共同体が目指す、「人々の参加を得、人々に恩恵をもたらす遍照的(Inclusive)で持続的な共同体の実現」と一致するものとなる。ガラス工芸の領域において、今後の更なる活躍と東アジアにおける継続的な文化育成、発展に大いに貢献し続けること期待し、アジアコスモポリタン賞、文化賞を授与する。

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故スリン・ピッスワン

受賞に値する功績

 今回特別賞であるメモラブル賞は、故スリン・ピッスワン氏に授与される。スリン氏は、タイ王国外務大臣、そしてASEAN事務総長を歴任した。また当アジアコスモポリタン賞の創設より選考委員を務め、ASEAN事務総長退任後も2017年11月30日に他界するまで、選考委員として同賞の発展に大きく貢献した。
 タイのバンコクポストは、氏のことを「事実上のASEAN外務大臣」であると評した。それは、氏がASEAN事務総長の地位が外務大臣クラスとなって最初の事務総長に就任したということのみならず、氏はまさに「ASEANの顔」として、国際フォーラムに数多く出席し、多くの講演を行い、日々ASEANの為に世界中を飛び回っていたからである。彼の残した「私の書斎は空の上である」という言葉はまさにその通りであった。
 2008年に発効したASEAN憲章を実施していく上でもスリン氏は大変大きな役割を果たした。氏の指導力の下で、ASEANは、その加盟10カ国が履行する普遍的原則を伴った、規則に基づく国際機関となることを促進した。そうした意味でスリン氏はまさに「ASEAN統合の父」とも言える。
 スリン氏は、民衆中心の共同体を実現するための取り組みの一環として、市民団体との交流を強化することに熱心に取り組んだ。 氏はASEAN事務局を「ネットワークの事務局」に変え、世界とASEANとのつながりを強化した。氏は、市民団体との交流こそがASEAN共同体を強化するだろうと熱烈に信じていた。2008年にサイクロン・ナルギスがミャンマーに甚大な被害をもたらしたの時には、ASEANの外務大臣らと、国際人権団体による地域の市民社会組織への協力を許可するように、ミャンマー政府に力強く働きかけを行った。
 また、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の創設にも深く関与した。それは、氏がASEANの経済発展と繁栄にとって世界標準の経済研究と、それに基づく課題に対する政策提言が不可欠であると考えていたためであった。
 スリン氏は、身命を賭して東アジア地域における人権、民主主義、教育、政治改革、そして経済統合といった課題に取り組んできた。 それはまさに、彼の生きたASEANに対する愛ゆえのことであったといっても過言ではない。氏の冥福を祈り、またこの地域のみならず世界の発展に深く貢献してきたスリン氏の栄誉をたたえ、メモラブル賞を授与したい。

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